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ブログ 蔵談義

蔵人 田辺稔彦 「“えなりに似すぎた男えなりに似すぎた男”」の巻

2021.1.21

Q:蔵人の中ではお若い方だとお見うけしましたが、田辺さんはおいくつですか?
田辺:現在才です。才で飛騨に帰り渡辺酒造に入社しましたので現在4年目の蔵人です。担当は酒米を蒸す役割である蒸屋をメインに、精米や酛屋といって酵母を育てる作業を少しずつやらせて頂いているところです。

Q:酒造りの世界は伝統や格式を重んじる世界。大変な事はありませんか?
田辺:大変だと思ったことはありません。毎日刻々と変わっていく条件に挑戦し続けているという感覚で、毎日楽しいことをやっている気分です。

Q:田辺さんは飛騨出身の蔵人とお聞きしました。渡辺酒造店で杜氏を目指すようになったきっかけは何ですか?
田辺:話せば長くなりますがいいですか?
私の実家は田辺酒造場という百二十七年間飛騨高山で続いていた造り酒屋でした。長男として生まれ、中学の頃から実家の酒蔵を継ぐことを考えていました。そして地元の高校を卒業した後、その道の大学に進み、卒業後は少し社会経験を積んでから実家にと人生設計を考え始めていた大学二年生の頃、家業の経営が思わしくないことを知りました。更に時を同じくして杜氏が体調を崩し引退されることになってしまいました。長男としてどうにかできないか!と焦りましたが酒造りの現場経験のない私にはどうすることもできず、まずは大学を卒業することを優先し、卒業後には千葉の酒造場で二年間修行をさせてもらいました。そして「何とか田辺酒造の灯をともし続けたい!」の一心で四年前実家に戻り、酒造りを始めたのですが、直後、親父から廃業の決断を伝えられました。
その後、タンクの整理などをしながら「大学をやめるべきだったのか…」と後悔をしたり、今後について悩んだりしていました。そしてある程度身辺の整理ができた頃、渡辺酒造店の当時専務だった渡邉久憲さんから誘いの電話を頂きました。

Q:日本酒とは違う業界へ進むとか、杜氏を目指すとしても、他県・他地域の酒蔵で修行という選択肢もあったと思いますが、なぜ、近隣の渡辺酒造店に?
田辺:幼少のころから酒造りが身近にあるのが自然でしたし、大学二年頃からは酒造りに賭けてきていましたから、そこから離れてしまうのは自分を否定してしまうような気がしました。
また渡辺酒造店を選んだ理由ですが、先ほどお話した通り、専務さんから気持ちのこもったお誘い頂けたこともありますが、板垣杜氏の存在が一番大きかったです。板垣杜氏の腕の良さは若い蔵人の中でも有名でしたから。近くに生きた手本がある、そんなチャンスを逃してはいけないって感じでしたね。

Q:ただ残念ながらその板垣杜氏が引退されることになりました。板垣杜氏の下での約三年間はいかがでしたか?
田辺:大学二年頃から酒造りと本気で向き合う中で、やるからにはその頂点である杜氏を目指す、そう目標を立てていたのですが、板垣杜氏の背中を見てその気持ちがよりいっそう強くなりました。板垣杜氏を始め、杜氏は酒造りの総責任者ですから卓越した技術や豊富な知識を持っているのは当然なのですが、板垣杜氏からは、それとは少し離れた〝技術や長年の経験に裏打ちされた瞬時の決断力、感情のコントロール力そして人柄…〞そういった作業力ではない人間としての完成度の高さを見せて頂きました。杜氏を目指すということは、仕事人としてはもちろんですが、人間として完成度の高さを目指さなければならない、そんな崇高な使命感と言うか、プライドが芽生えてきました。

Q:では、田辺さんの夢は何ですか?
田辺:全国には杜氏と経営者を兼任されてみえる酒蔵もあるので、田辺酒造場の復興をと思うこともあります。ただ、蔵人として年数を重ねれば重ねる程、その兼任がいかに難しいことが分かってきました。ですから今は何も邪念なく、〝杜氏になって酒造りを極めたい〞と思っています。そして自分が飲んでこれ以上のお酒はない、文句のつけようがない、そんなお酒が作れる様になった時、そこの蔵元さんに頼んで、実家の酒の名前だった〝豊年〞という名前のお酒を仕込みたいと思っています。
ただ先日、年余酒造りに携わっていらっしゃる杜氏さんと話をさせて頂いた時、「年やってきたけど、自分が思うようなお酒の造り方は、やっと2年程前からなんとなく分かってきた」とおっしゃってみえました。その計算通りだと、私は才。〝豊年〞までの道のりはかなり長そうですね(笑)。

Q:最後に、田辺さんのお好きな日本酒は何ですか?
田辺:小町桜ですね。仕事を終えて飲むと、一番心が落ち着きます。

 

聞き手/村坂壽紀
させていただいた短い時間の中でも、田辺さんの仕事に対する実直さや人柄のよさがひしひしと伝わってきました。是非その愛される人柄に、知識や経験を肉付けして、板垣杜氏のような皆に愛されるような杜氏になり、夢をかなえて頂きたいと思いました。

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