金魚が泳げる薄い酒!?
かつて明治時代の酒屋さんでは、酒は原酒で運ばれ、1升徳利を持ったお客さんに樽から酒を量り売りしていました。ところが1937年に日中戦争が開戦されると、酒造りの米より軍事用の方が重要になります。極端な物資不足のため酒の生産量は減少を余儀なくされたのです。すると困った酒蔵は酒を水で薄めて酒屋に卸し、酒屋もさらに水で薄めた酒をお客さんに売りつけるという悪習慣が蔓延し、薄くて粗悪な酒が横行したのです。
深夜酒蔵が襲撃、投石される!
酒蔵はできるだけ濃く造って、あとから水で薄めれば税金が安くなります。酒屋も酒を水で薄めて“水増し”すれば、売上を多くすることができます。両者が大量の割り水を行った結果、“金魚が泳げるほど水っぽく薄い酒”という意味で 『金魚酒』とよばれる酒が当時大量に出回ったのです。 この金魚酒が市中に広がったので、酒業者に対する非難と攻撃は凄まじく、酒業者の信用失墜は言語に絶しました。酒蔵は暴利をむさぼる悪徳商人の典型として罵倒され、深夜酒蔵が襲撃、投石されるという事件が各所で発生したのです。
妻や娘の着物を質屋へ入れて…
しかしそんな混乱の時代でも、六代目当主渡邉一郎は、決して酒を薄めることなく酒を造り続けていたのです。昭和十年代前半は、日米開戦へと戦時体制が強化され、戦費調達面からの酒税増税が進められ全国の酒蔵が相次ぎ倒産した時代です。酒蔵の経営は厳しく事業資金は底をつく状態でありましたが、一郎は妻や娘の着物を質屋へ入れて原料米を調達し、歯を食いしばって原酒にこだわり続けました。それゆえ、「蓬莱は本物の旨い原酒を出す」とお客様に大変喜ばれ、重宝がられたという逸話が今でも語り継がれています。無修正の酒は、たとえ戦乱で世が乱れようとも、決して嘘偽りのない真っ直ぐな酒造りをすべしという家訓を守り続ける創業原点の純米酒なのです。
無修正の酒は、搾りたての純米酒を6ヶ月間貯蔵庫の暗闇で監禁熟成させた原酒です。一般的な日本酒のように炭素ろ過や加水によって画一的な味に仕上げるのではなく、米の旨みを凝縮させストレートに表現しました。口に含んだ途端、コクと濃醇な味わいがぐっと口中に広がります。流麗さに加え、深みある味わいが最後まで続き、 爽快な酸味とともに余韻を残して消え去ります。冷酒として楽しむのが一般的ですが、50℃近い熱燗にすると旨みとキレがさらに引き立ちます。飛騨の地酒らしさを味わえる「無修正の熱燗」もお楽しみ下さい。
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無修正の酒
無修正の酒は、搾りたての純米酒を6ヶ月間貯蔵庫の暗闇で監禁熟成させた原酒です。一般的な日本酒のように炭素ろ過や加水によって画一的な味に仕上げるのではなく、米の旨みを凝縮させストレートに表現しました。